私が開院した理由

幼い頃から、病弱で両親を心配させていた

私は、昭和31年(1956年)、四国の香川県大川郡
(現在の東かがわ市)という所で生まれ育ちました。

幼い頃から胃・腸が弱くて、そのくせ冷たい物が好きで、
しょっちゅうお腹をこわしては下痢をしていました。

また、体力がなかったので、よく風邪を引いては
高熱をだして、両親を心配させていました。

子供心にも、何とか元気な体を作りたいと思って、
中学生になった時に水泳部に入部したのですが・・・・

しかし、プールでの練習がまだ寒い6月頃から始まって、
お腹の冷えから来る腹痛と下痢で一ヶ月と続かず、退部してしまいました。

それ以来、体に自信をなくし、スポーツをすることはありませんでした。

この頃から、私は「他の人達と同じように何でも美味しく食べて、
元気に太りたい」と願うようになりました。

しかしながら体質は改善されず、もやしっ子のまま成長した私も、
大学を出て社会人となり大阪の貿易会社に就職しました。

ストレスから十二指腸潰瘍になった

体力のない上に、仕事などの様々なストレスから、ある日突然胃の痛みを
感じて、病院に行くと十二指腸潰瘍だと言われました。

薬をもらって飲んでもスッキリしない日々が続くなか、お盆休みにプールへ
行って飛び込み台から飛び込んだ時に、腰を痛めてしまいました。

弱り目に祟り目とは、このことを言うのでしょうか。

それ以来、慢性の腰痛を抱えて、胃の不快感に悩み、年に何度も風邪を
引いて高熱を出して寝込んでいました。

しかし、

会社に迷惑をかけるわけにはいかないので、何とか出社して仕事を
こなしていました。

幸いだったのは、土日が休みで、盆暮れの休みが長かったことでした。

この頃から、何とかこの症状を改善できないものかと、書店に行っては
様々な健康に関する本を買ってきては読んでいました。

骨盤整体との出会い

ある日、何気なく入った書店で、「体は骨盤から治せ」
という五味雅吉先生の本に出会いました。

読んで、実行してみると簡単で効果を感じました。

そこで、実際に治療を受けてみようと、新大阪にある治療院を訪ねたところ、
数回の治療でかなり改善されました。

これにはビックリすると同時に、この技術をぜひ学びたいと思いました。

まさか、この体験が、私の治療家への道の出発点になるとは、その時は
想像もしていませんでした。

そこで、聞いてみると毎月2回、東京の本部で一般向けに講習会をやって
いると言われたので、早速次の月から1年間東京に通いました。

その結果、私の腰痛はすっかり良くなりました。

さらにそこで、人間の持っている自然治癒力についても多くのことを
学ぶことができました。

その頃から、少しずつですが請われるままに出張治療なども始めました。

しかし、始めてみると、様々な疑問や問題に出会いました。
また、自分自身の胃腸の問題もまだスッキリ解決していませんでした。

様々な治療や治療院を遍歴

そこでその問題を解決すべく、さらに様々な療法や治療を体験したり、
勉強会に参加しました。

断食療法、食事療法、様々な栄養補助食品、腸内洗浄、気功治療、気圧治療、
十次式治療、飲尿療法、自律神経訓練療法、自己催眠療法、温熱刺激療法、
足ツボ療法、摩擦健康法、酵素療法、内観療法、各種の整体療法、
カイロプラクティック療法など、

会社勤めの傍らで、カイロプラクティックの専門学校に3年間、療術の
研修所には2年間通いました。

骨盤整体と出会ってから10年あまり、ようやく私自身の体も普通の人並みに
なることができました。
嬉しかったですね。

また、治療に対してもそれなりの効果が出るようになってきました。

まさかの倒産

そんなやさき、私の勤めていた会社の経営状態が悪くなってきました。

1994年(神戸の震災の前の年)です。
給料カットや遅配が続き、取引先からの
支払いの催促など、精神的にも肉体的にも
ストレスにさらされ、十二指腸潰瘍が再発
してしまいました。

胃薬を飲まない日はなく、飲んでいても夜中に胃と背中の
痛みで目が覚め、朝までゥ~ゥ~と唸る日が続きました。

そして、翌年1995年の8月に会社は倒産しました。

こんな形で17年間お世話になった会社を後にするとは思いもしませんでした。

治療家としてスタート

幼い子供二人と家のローンを抱えて、この先一体どうしたらいいのか・・・
本当に悩みました。

悩んだあげくに、これは
「治療家としてやっていくチャンスが与えられたんだ」と、
自分に言い聞かせました。

会社つとめの傍らにやってきた、10年あまりの治療経験も
心の支えとなりました。

また、同じ研修所を一緒に出て既に治療家としてスタート
していた友人がいたことも励みになりました。

しかし、何よりも心強かったのは、妻の応援でした。

そして、翌年にカイロプラクティックの治療院をスタートしました。

苦しい毎日が続く

しかし、意気込みとは裏腹に、患者さんは来ず、暇をもてあます日々が続き、
お金の余裕もなくなりました。

そこで、自分で治療院の案内チラシを作って、印刷をしました。

でも、昼間にチラシを配るのも何だか気後れがして、日が暮れてからこっそりと
家々のポストに治療院の案内チラシを投函して回りました。

突然の犬の吠える声に驚きながら、よろしくお願いしますと祈るような気持ちで、
一軒一軒投函していきました。

でも、どこからも問い合わせの電話はありません。

その後も、何度も何度も場所を変えては投函して回りました。

思うように患者さんが来られないことと、経済的にも苦しくなってきたことで、
精神的に参ってきて、また辛い胃の痛みが出てきました。

何度も治療院を止めようと思った

そんなある日、新聞の求人募集を見て、旅館のナイトフロント(夜だけのフロント係)
のアルバイトを始めました。

夜の8時から次の日の朝8時までの勤務を週に3~4日、この仕事を3年間続けました。

その間、何度も治療院を止めようかと考えました。でも、家族の励ましと患者さんの
「ありがとう」という言葉を聞けるのが嬉しくて、何とか頑張ってきました。

そうして頑張った結果、この3年間で少しずつ患者さんが増えてきました。

また、ナイトフロントを止める時に、社長から「旅館でお客さんを相手に治療を
やってみないか」と声をかけていただきました。

昼間の治療と夜の旅館での治療と、体は大変だったけれど、患者さんの数も
増えて、精神的にも経済的にも安定してきました。

※6年ほど前に止めて、現在は旅館への出張はやっていません。

操体法と護身道との出会い

この頃、操体道の中川重雄先生と護身道の岡嶋泰樹先生と出会い、 体の使い方、心の使い方について、再び学ぶ機会を得ました。

「思いにしたがって、体は動く」つまり、もし間違った思い方をすれば、 間違った体の動きをして、心と体にひずみを作り出す。

それが痛みや不快感などの症状として表れるのだということです。

それは当たり前のことであり、以前から十分に知っているつもりでした。

しかし、操体道という体を整える動きと、武道という体を効率よく使う動きを
通して、その事がストーンと心の中に入ってきました。

この頃から、施術の内容がカイロプラクティックの技術から操体法の技術に
変わってきました。

つまり、自分自身のバランスを整えながら、患者さんの体のひずみを整えて
行くという内容に変化してきました。

すると、不思議なことに胃の方も、すっかり良くなりました。

もちろん、薬のおかげもありますが、まさに胃は心(精神)の鏡と云われるのを
実感しました。

また、患者さんの改善も以前よりも早くなってきました。

こうして、何とか人並みの健康を取り戻すことができたことと、患者さんが
前にも増して喜んでくださることが、本当に嬉しかったです

学ぶことに終わりはない

その後、臨床操体法の辻本安久先生に出合い、さらに操体法による施術の
内容が進化しました。

そして、3年ほど前にDRT(ダブルハンド・リコイリング・テクニック)
というカイロプラクティックの療法に出合い、その簡潔で効果の高い技術を
学ぶことができました。

その結果、患者さんに何ら不安を与えることなく、短時間で安全にそして
的確に痛みや不快な症状を改善できるようになり、子どもから妊婦さん、
そしてご高齢の方まで、多くの患者様に喜ばれています。

現在では、DRTのインストラクターとして、後進に指導もさせて
いただいています。

 

治すのは患者さん自身の自然治癒力

しかし、私の技術が患者さんを治しているとは思ってはいません。

なぜなら、「治るのは患者さん自身が持っている自然治癒力が働くからです。」

この働きがなければ、どんなに腕の良い治療家でも誰一人治すことは
できないでしょう。

私たち治療家は、患者さん自身の自然治癒力がより良く働くための手助けを
しているのだと私は考えています。

また、本来治療家とは「患者さんのアドバイザーであり、患者さんが健康に
生活を送るためのサポーターである」と私は考えています。

 

健康を取り戻す3つの基本

長年の自分自身の病気や苦痛の体験を通し、また20年以上に渡り多くの
痛みや不快な症状で悩める人達との出会いで、やっと健康を取り戻すための
秘訣が分かりました。

しかし、それは分かってみると、とても平凡で当たり前のことでした。

それは、

1.心のユガミを整えること
2.体のユガミを整えること
3.食生活の間違いを正すこと

そして、症状によっては薬や医者を上手に利用すること

以上の3つが基本です。

これさえできれば、たいていの病気は勝手に良くなっていきます。
なぜなら、体が本来持っている自然治癒力がちゃんと働き出すからです。

様々な教育を受け、様々な情報をテレビや雑誌から受けて、私たちは自分の体に
聞くことや、自分の心に問うことを忘れてしまっています。

様々な情報を基にして頭で判断し、ストレスをため込んだり、間違った食生活や
体の使い方をして健康を損なってしまっているのです。

今からでも大丈夫!

何かを始めるのに遅すぎるということはありません。

体が痛みや不快感を発しているのは、あなたに気づいて欲しいからです。

あなたは、

「間違った心の使い方をしてますよ」
「間違った体の使い方をしてますよ」
「食生活も改善の必要がありますよ」

ってね。

全てに100点満点を取る必要はありません。60点で良いのです。
でも、60点以下だから苦しんでいるのです。

痛みや悩みは、幸せへのジャンプ台です。

ジャンプするときには、いったん沈みますよね。
膝を曲げて力を溜めて、幸せに向かって飛び出していくのです。

沈んだままで、良いのですか?!

今の痛みや悩みがなくなったら、あなたは何がしたいですか?

ちょっと立ち止まって、自分を振り返ってみて下さい。

元気になってバリバリ仕事をして、家族のために家を買いたい!
海外旅行に行きたい!スポーツを楽しみたい!子ども達と一緒に
思いっきり遊びたい!子育てを楽しみたい!・・・

何だって良いんです。あなたがワクワク、楽しくなる様な夢や目標を
思い出して下さい。

あなたが、夢や目標に向かって進んでいく、そのお手伝いをするのが
私の仕事です。

人間の体は治る様にできています。

あなたが、その事実に気付き、考え方を少し変え、身体の使い方や
食生活や生活習慣を少し変えることで、あなたの未来は変わります。

「そのうち」という時はありません。

人は無意識に明日という日が永遠に続くと思っていますが、そんなことはないのです。

人は必ず死を迎えます。

私たちは、今を生きているのであって、明日のことは誰にも分からないのです。

どうぞ今という時を大切に、そして感謝と喜びを持って生きてください。

「最後まで、お読みくださってありがとうございました。」

また、こうしてご縁をいただいたことを、心から感謝いたします。

神戸市北区で平成8年に開業。

当院は神戸市北区で平成8年に開業してから、今年(平成28年)で20年になります。
これまでに約3万人余りの患者様と向き合ってきました。

これからも、一人でも多くのご縁ある患者様の心と体の健康生活の
お役に立つために精進努力を続けていきます。

最後に私からあなたへのメッセージです。

「大丈夫、必ず良くなる!」

何時でも、気軽にご連絡ください。
お待ちしています。

松岡カイロプラクティック 院長 松岡勝彦(療術師)

電話でのご予約は

インターネットでのご予約は

このページの先頭へ